自己紹介

改めまして、牧野直子です。
子育て世代の家や子育て世代向けの店舗、保育園を主に設計しております。私は、建築デザインだけではなく、どうやったらもっと根本的に幸せな家庭を作るお手伝いができるか、、それが私のデザインの根幹です。

なぜそのような考えで設計するようになったのか、自己紹介としてお話ししたいと思います。

建築設計の業界というのは、毎日終電までが当たり前、納期前には、何日も事務所に泊まり込んで徹夜する、というような世界です。

私もそういった環境でずっと仕事をしてきました。

でも私には、心の中で、ずっと気になっていた言葉があります。

それは「直ちゃん、自分が幸せにならないと、いいものは作れないんだよ」という大好きな親戚のおばちゃんの言葉でした。

その言葉を聞いて、こんな生活をしていても、いつかは結婚して子供が欲しいな、となんとなく思うようになったのです。

それから数年後、私は、無事、結婚をして子供を二人授かりました。
ママ、ママ~と言って慕ってくれる子供達とのやりとりは、本当に幸せなひと時です。

二人目を生んだ時は、進行中の物件が3件もあり、お客様のためにも、なんとかこれを完成させないといけないと必死でした。上の子が待機児童だったこともあり、私は朝3時起きし、家庭教師の主人と育児を交代し、仕事の時間を捻出しました。

それはこんな生活です。

朝3時起床。3時台に事務所へ出社。
7時に朝ごはんと娘のお弁当を作りに帰り、9時に再度、出社。
主人が仕事に出る夕方4時前に家に帰って、下の子の世話をし、5時に保育ママに上の子のお迎え。
夕食、お風呂、一緒に就寝。そして3時に起床。

主人と会話できるのは、育児を交代する一瞬だけでした。

そんな生活は自然ではありません。
主人の不満がたまっていく様子が、どんどん目に見えてきました。

そのうち、仕事をするだけで、主人から非難されるように。
離婚も覚悟しました。

幸せになるために、子供を授かったはずだったのに、どうして?!

そんな時、悪いことは重なるものです。

シェアオフィスとして事務所を借りていたオーナーから、住宅にリフォームするから出て行ってほしいと言われました。

そこで私が、とっさに言った一言。
「だったら、私が設計して、ここに住みます!」

その後、私は、「自分たちが暮らすための最高の環境」、「オーナーにとって最高の事業計画」を考え、オーナーに提案しました。

その結果、私は、家族にとって最高の場所を手に入れることができたのです。今は主人との会話も増え、以前よりずっとずっと幸せです。

そして、その話は、不動産業界の方の口コミで、取材が来て、また建築の賞をいただき、大家さんたちの勉強会で講演をさせていただきました。

その勉強会に来られていた、ある土地オーナーが、私の転機を作ります。

その方は、ご自身の300坪の土地をどう活用しようかずっと考えておられていました。相談の内容はこんな感じです。

目の前が小学校なので、子供たちが集まる医療モールがいいかなと思ってるんだ。
もう10社以上にも提案してもらったけど、どれもピンと来る案がない。牧野さんちょっと見てもらえない?と。

私は、いいですよ、とそれぞれの提案にコメントをし、アドバイスをさせていただきました。

でも、クリエーターのさがなのでしょう。
いろいろアドバイスをしているうちに、私はそれを自分だったらこうする、と形で表現したくなりました。

後日、私は、自分の子育てで日々感じていることなどを盛り込み、自分が考える理想の医療モールをオーナーに提案をさせていただきました。

するとオーナーが開口一番、うん!この案で行きたい!と言ってくださいました。

ヤッター。
しかし、その後に。

中心のドクターが決まらないと、事業はできないと。

大きな投資だから仕方のないことです。

普通の建築士は、じゃあドクターが決まったら教えてくださいね、と言うのかもしれない。
でも、私は、じゃあ私が、ドクターを決めればいいんだ、と単純に思いました。

でもこの思いが、そののちとても大変なことになるとは、その時は想像もつきませんでした。

ドクターにプレゼンするためにまず、私はなぜ「この病院を作るのか」を徹底的に考えました。
その時にふと思い出したこと。

それは、私が子どものとき、小児ぜんそくだったのですが、お母さんが漢方薬をもらってきて、ジュースに混ぜて飲んで、それで治ったんだ、、と。

そっか、こんな母みたいな病院がいいんじゃないだろうか。

病気を治すだけでは、普通の病院と変わらない。
親は我が子の健康のために、さまざまなことを考えながら、育児をしている。

“アレルギー、アトピーでお困りのお子さん、お母さんが泣いて喜ぶ施設”

「食事と心のケアから、体質改善と治療ができる、医療と子育ての総合コミュニティモール」

そんなコンセプトが出来上がりました。

その後、ドクター、看護師さん、栄養士さん、保育士さんなど、関連するありとあらゆる方にヒアリングとプレゼンを繰り返し、コンセプトをさらに深く練り上げていきました。

そうして、ドクターを探す旅を続けること、実に1年半。

オーナーもずっと待っていてくださいましたが、なかなか見つからず、こう宣告されてしまいました。

“牧野さん、来年の決算の時までに、先生が見つからなかったら、白紙に戻そうと思うんだ。”と

それから1年、私は人に会うことをコンスタントに続けていましたが、それでもなかなか、実行してくださる先生までたどりつけずに、半ばあきらめかけていました。

そしてあともう数日でその期限が来る、という2014年10月末、

「私の作りたいクリニックの理想そのものが描かれている。ここで開業したい!」

とある女性医師が、HPを見て連絡くださったのです。

また医療関係者に会っていた中、友人に指摘されていたことがあります。
「なおなおさ、この企画すごくいいんだけど、事業者が見えないんだよ。だから応援しにくいんだ」と。
その時に、悩みに悩んで、私が事業者になる覚悟もしていました。
名前も、「食育と心の教育ができるモール」から 「しょこいくモール」と名付けました。

そんな道のりを経て、ようやく土地オーナーが、工事に取り掛かかるための準備を始めてくれることになりました。ここにたどりつくこと丸3年です。

しかし、そこで聞いた言葉は予想だにしない言葉。

牧野さんは、人だけ集めていればいい。設計なんて誰でもできるから、別の人間にやらせようと思う。今、牧野さんに払うお金はないから、完全成功報酬で2年後のオープンの時ね、と一方的に言われました。

そして、施工会社に私が3年間積み上げた図面をなんの価値もないかのごとく、横流しされました。

これは、これまで一級建築士としても、とてつもない付加価値がつくはずと、リサーチを繰り返し、専門家に何人にも会い、精一杯、事業の仕組みづくりから取り組んできたにも関わらず、無残にも逆に一級建築士として全否定されてしまった出来事でした。

それでも私さえ、我慢すれば、しょこいくモールが実現出来る、そうやって自分の気持ちを押し殺して耐え続けました。

その頃、ドリームプランプレゼンテーション世界大会への出場が決まったことをきっかけに、本当にしょこいくモールを作りたいのか、そうだった場合はそのあきらめない理由はなんなのか、をひたすら考えていました。

そのときに、ここまで採算度外視でやってこれたのは、世の中にこの施設を絶対生み出したいという自分の心の声があったからこそ、と気づけたし、一生かけてあきらめないのであれば、心から応援してくれる人たちと、もっと最高のものを作るチャンスがやってくるはず、そう思ったのです。

また、土地オーナーが理想とされるビジネスモデルが、予防医学を基にしているしょこいくモールの理念とは最後まで相いれることが結局できませんでした。

事業者と土地オーナーは別と割り切ったとしても、本当に提供したいことは、いずれ提供できなくなってしまうのでは、という思いがよぎりました。

私はここまで、しょこいくモールの活動を続けてこられたのも、土地オーナーの相談ありきには間違いないので、ご縁に感謝を抱き、プロジェクトとしては別の道を行くことにしました。

これまで一級建築士としては珍しく、マーケティングの勉強をずっと続けてきました。
モノを売るな!体験を売れ!という藤村正宏先生のエクスペリエンスマーケティングを軸に、その他、ストーリー作成力、口コミ、SNSツール、プレゼン力、コミュニティ力について勉強を続けてきました。

これまでは自分のために勉強していましたが、しょこいくモールの活動をリニューアルしたことをきっかけに、これらを子育て世代を幸せにするサポートとして取り入れることにしました。

マーケティングに、建築・デザインの知識をかけあわせ、皆さまにできる限りのことを提供していきたいと思っています。

これからも、よろしくお願いいたします。

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牧野 直子

一級建築士。 子育て住宅を中心に設計をしています。また、遊びと勉強を融合した勉強と食育の情報発信も行っています。

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